「命の大切さ」伝える。ヴィーガン映画で優しい世界をー野田直季さん

ひつじの仲間はここにいる

笑いあう男女、路地裏、食卓に並ぶ料理……。

ヴィーガンを題材にした動画というと、イメージ的には過激なものが多い印象だが、野田さんの創り上げる短編映画は穏やかで優しい。一見するとヴィーガンが題材だとは気付かないほど「ヴィーガン感がない」のが特徴である。

「メッセージは曖昧でいい。ヴィーガンというメッセージ性を強くしてしまうと見る人の制限がかかってしまう。見た人の『きっかけを作る』。それだけで十分なんです」。

これまで2本の短編映画を作り、どちらの作品でも脚本、監督、撮影を担当してきた野田さんは、この短編映画で平和な世の中を作りたいと意気込んでいる。

動画作成はまだまだ始めたばかりで、どうやって広めていくか、どんな作品を作るかには迷いがありながらも、これからの活動について語ってくれた。

(取材・写真一部 神谷真奈)

「押し付けをしない」映画づくり

処女作品である「優しい気持ちで。」。関西ローカルの電車などのシーンも取り入れ、ご飯を一緒に囲むシーンは実家で撮影した。

ーヴィーガン短編映画はいつから制作されているのですか?

短編映画を作り始めたのは去年2018年の年末ごろからです。もともと映画が好きで映画をずっと撮りたいなと思っていました。双子の兄・英季は映画製作学校に行っていたので、身近に専門知識を持っている人がいるし、これはできると思って制作に取りかかりました。

コンセプトは「命の大切さ」。そして「10人見たら10人とも受け取るメッセージが異なる」ということを大切にしています。
ヴィーガンは動物や環境などに配慮した素晴らしいライフスタイルだけど、そこの部分だけを強調してしまうと見る人の制限が掛かってしまう。つまり、ヴィーガンという言葉を知っていて、なおかつ興味がある人しか見なくなってしまいます。それはもったいない。

あくまでも目指しているのは1人でも多くの人にみてもらうことですから、できる限り見ている人を強制したり、否定したりして不快感を与えるような内容がないように配慮しています。

初作品である「優しい気持ちで」はそういったメッセージを少し入れましたが、そこは兄とも相談して、セリフや設定、カットなどを細かく決めていきました。「変りなさい」って他人から言われても、「命令」には誰でも反発したくなるものです。ポジティブなインスピレーションを受けて、その人なりのフィルターを通して見ることが、優しいやり方なのかなと思っています。

〝砂糖依存症〟で命のピンチ

趣味は写真。人物や風景を撮るのが好きだという野田さん。

ーもともとどうしてヴィーガンになったのでしょう?

実は糖尿病になりかけたことがきっかけでした(笑)。僕、本当にチョコレートが大好きで、社会人になって一人暮らしを始めたころから毎朝キットカットの大袋を朝食に食べるような生活が続いていたんです。もう砂糖の〝乱用〟で、精神的にも依存していました(笑)。

それ加えて毎日、スーパーやコンビニの惣菜ばかりを食べるような食生活が続いていたので、かなり不健康だったんです。

自分でも直さないといけないなと思っていましたが、なかなか治らなかった。それで遂に受けた健康診断では血糖値の数値が高すぎて、注意を受けました。さらに、砂糖の取りすぎが原因だったかは分かりませんが、お腹に幅3㎝、深さ5㎝の腫りゅうが見つかり、緊急手術を受けることに……。

そんなこともあって真剣に「砂糖を辞めないとやばいな!」と考え始めました。

そこからですね、食べるものを疑うようになり、直観的に「野菜を食べよう」と考え始めました。特にその時は詳しく調べたわけではなく、ヴィーガン/ベジタリアンという言葉は知りませんでしたが、自炊を少しずつするようになって、野菜中心の生活になりました。

食生活を変えた後は、糖尿病の症状である頻尿や喉の渇きも改善されたことはもちろん、風邪にもかかりにくくなりましたし、気分や体調が良く、幸福感を感じるようになりました。

「ありがとう」を言える関係に

実家に帰る機会も頻繁にありましたから、料理を作る母親には「野菜のみを使って料理を作ってほしい」とお願いをするようになりました。

そうして何回かご飯を作ってもらうようになりだして、母親から突然「あなたってヴィーガンなの?」と聞かれたんです。実はこれが、ヴィーガンという言葉との出会いでした。その後も、両親から菜食に関して情報をもらうようになって、動物愛護の話や環境保全の話を知りました。それに合わせて家族もだんだんと、菜食に理解を示してくれるようになりました。

ー逆のパターンですね。ご家族の食生活も変化しましたか?

そうなんです。最初は「なにそれ」という感じで、あまり理解はなかったんですが、ダンテさん(ヴィーガン男子でお馴染み)の動画などを見て、母親はヴィーガンになりました。父親はゆるいヴィーガンという感じですね。英季もベジタリアンになりました。

母は元々糖尿病で、父も太り気味だったのですが、食生活を変えてからは病状が改善し、両親からは菜食を僕が教えたことを、とても感謝してくれました。僕自身も最高の親孝行だったのではと感じています。

実は、小さい頃から家族間の関係があまり良くなかったのですが、ヴィーガンを始めてから両親は優しくなり、「ありがとう」と言い合える関係ができてきました。そのおかげで家族の絆がすごく強固になりましたね。

新たなヴィーガンの側面


今年中にも公開する予定の3作品目より。左が双子の英季さん。右は英季さんの奥さんで結花さん。1作品目から撮影に参加してくれる心強い二人である。

ー今年の夏にも撮影に取り組まれていたそうですね。

3作品目となる「風の吹くところ。」を撮影していました。今回のテーマはずばり「ヴィーガンの美化」ですね。ヴィーガンのきれいなところばかりを収めたオマージュ的な仕上がりにしようと思っています。これを見て思わず、ヴィーガンって「魅力的だな」とか「かっこいいな」と感じてもらいたい。

映画や映像で与える影響は、ほんの微量なものかもしれないですが、たとえ一人の方にでも何かインスピレーションを与えることできれば意味あることだと思いますし、社会の変化に貢献出来るのではないかと考えています。

また映画は一方方向のコミュニケーションと思われがちですが、僕が目指しているのは双方向のコミュニケーション。映画で伝える「メッセージは曖昧でいい」というのもその1つで、1人1人がそれぞれに気付くものを発見してほしい。そこで何かを感じるきっかけになり、ヴィーガンや地球のこと、動物のことを考える機会になればいいなと感じています。

ー脚本などはどうやって進めているのでしょう。

パッと思いついたストーリーを書き貯めて1つのストーリーに仕上げています。英季とも相談しながら進めることもありますが、ストーリーはかなりシンプルですから。

一方、撮影の編集は手こずることもあります。1日暇ができると7、8時間パソコンの前で作業する時もあります(笑)。ただ、好きなので苦になる時もそんなにありません。

目から入る情報は何よりも強烈

ー今後、どのように活動を広めていきたいでしょう。

動画という手法を使い、地球や世界の平和、人類の進化に貢献したいという気持ちに変わりはありません。何よりもヴィーガンをもっと広めたい。もちろん、それはそうではない人を否定するような伝え方だけは避けて、平和的な伝え方をしたいと感じています。

一方で、映画という形にもこだわらず挑戦していきたいですね。目から入る情報はとても強烈で、影響力があります。しかし、短編であっても映画を好む人ばかりではありません。短くまとめられた動画が主流の中で、youtuber的な活動も必要なのではないかなと感じています。なので、最近は短く、ネタ的な要素を入れた動画の制作も積極的にやっています。

そんな感じで今は、はっきりとした戦略は決まっていませんが、今後動画を通した「ヴィーガン」コミュニティをどんどん大きくしていければうれしいです。 それが唯一、僕が活かせる場であると信じているからです。

★野田直季(のだ・なおき)
1991年3月31日、兵庫県西宮市出身。介護福祉士資格を大学で取得し、現在は障害ケアホームにて障害を持つ人の日常生活の手伝いを行う。ヴィーガンにはスピリチュアルの影響も強く、いわく「宇宙人バジャールの勧めもあってヴィーガンへ移行を決意した」という。趣味は写真撮影(特に双子の兄を撮るのが好き)、森林浴など。

Youtube 心の街と心の声
Instagram @naokiandhibi


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Mana Kamiya

理事特定非営利活動法人 日本ヴィーガンコミュニティ
『ひつじの。』編集長。地元新聞社の記者になったのち、オーストラリア・メルボルンに移住。現地の日本語フリーペーパ誌でフリーランスライターをしながら、レストランやカフェのアルバイト、ツアーガイドなどを経験。2018年夏に日本に帰国したのち2018年10月より再び新聞社で働き始める傍ら「多様性のある社会」の実現を目指し、いろいろなことに挑戦中。趣味はクライミング。