「ヴィーガンを辞めた私が、ヴィーガン飲食店を開きたい理由」中村あかりさん

ひつじの仲間はここにいる

「人が大好物なんです」と満べんの笑みを浮かべながらライターを真っ直ぐ見つめる目。彼女の名前は中村あかり。今年はじめに成人式に出席したばかりの若者だ。

彼女の印象というと、とにかく明るいこと。そして、いつもハキハキと喋る姿だ。バイタリティがあって、中村さんと一緒にいるだけでなんだかこっちまで自然と笑顔になれる。そんな存在だ。

そんな彼女は今、アルバイトを何個も掛け持ちしながらある夢を抱いている。

「ヴィーガンカフェ・バーを経営すること」。

しかし、現在はヴィーガンではない。その理由はと聞くと「家族が一番だから」ときっぱり。なぜと思うのはライターだけではないだろう。

その真意と彼女の思いを聞いてみた。

(取材・文・一部写真 神谷真奈)

優しさを受け入れる

両親が離婚したのは中学校1年生の時。「家族仲良く暮らしてきて、本当にショックだった」。

しかし、大変だったのはそれから。3人姉妹を育てるため、母親は必死に働き始めた。次女として生まれ、自立心は人一倍強かったから「自分も頑張らなければ」と思い、中学校3年生から働き始めた。

葛藤を抱えながらも進学した大学。しかし、半年程経ってすぐにやりたいことと勉強内容に微妙な違いを感じ始めた。周りの学生とも仲良くなったが「何か違う」。学校以外でもっと何かできることがあるのではないかと思った。

ボランティアや地域活動は高校を卒業する前からやっている。体を動かして得る経験は何にも代え難い。

そんな中、ある日思い立って、父の住む家に足を向けた。離れて生活して丸6年。近所には住んでいたがずっと絶縁状態で、家族と父は収拾のつかないほど溝が空いていた。それなのに、どうしても会いたくなった。

「母親が必死で育ててくれた私の姿を父に見せたくて。どう言われるかわからない、怒鳴り散らされるかもしれない、そんな不安な気持ちだった」。

父親は意外にも笑顔で、穏やかに迎え入れてくれた。そして、寝室に飾ってあった家族の写真を見せながら、どんな思いでこれまでいたか話してくれた。

「お父さんとの時間を取り戻したい」。心が弾んだ。

父親との時間はとても楽しく、あっという間に時間が過ぎた。そして家を出る前に父が昼を一緒に食べようと出してくれたのが魚の干物と卵焼き。

実は、この時ヴィーガンだった。

「どうしても断れなかった。気持ちを受け取ろうと思って食べた」。

この日からだ、ヴィーガンを辞めたのは。

一番大切にしたいもの

ヴィーガンとの出逢いは少し前にさかのぼる。大学入学前に参加した団体を通して知り合った友人が、現在のNPO法人・日本ヴィーガンコミュニティの代表理事・工藤柊の友人で、彼を紹介してくれたのだ。

「『肉を食べないやつが来る』って言われて、どんな人が来るのかと思っていた(笑)」。しかし、会ってみると見た目は至って普通。しかも同い年。ますます興味が湧いた。そしてこの日、肉などの動物性食品をまったく摂取しないヴィーガンという言葉を初めて知った。

後日、改めて電話をしてその理由を詳しく聞くことにした。

「なぜ肉を食べることが当たり前なのか」

「犬・猫は食べないのにどうして牛は食べるのか」。

工藤が次々とする話の内容を聞いているうちにどんどん矛盾を感じ、電話を切った後にオススメされたゲイリー・ヨーロフスキーのスピーチを聞いた。

「涙が止まらなくなって。肉を食べる言い訳をやめて、まずやってみようと」。思ったことはすぐに行動に起こすタイプ。次の日からヴィーガンになった。

しかし、ハードルにぶち当たることも早かった。ボランティアとして参加した子供向けのキャンプリーダー会では「肉を食べない理由は子供に影響を与えるので言わないで」と注意されたり、友人からは「宗教なの?」と冷たくあしらわれたりした。

「良いことをしているはずなのに寂しかった。なんでしているんだろうという気持ちも強くなっていった」。

そして、ヴィーガンになってちょうど3ヶ月経った頃にお父さんと再会。もう一度、家族団欒の時間を作りたいと感じ、父親の家で一緒に住むと決めた。

「お父さんのことや自分の今後の食生活を考えたときに魚などは許容範囲だと感じた。その時から、お肉のみを食べないと決めぺスクタリアンになった」。

お父さん(真ん中)は武道の世界では名の知れた存在。自分にも他人にも厳しいがゆえに頑固で癇癪も起こしやすい。「これまで誰かと一緒に住むのも難しかった父が、私とは1年も住んでいるんです」。中村さんが住み始めてからは少しづつ家族全員で過ごす時間が多くなり「本当にうれしい」という。

夢を胸にひたむきに走る

今は大学も辞め、自分のしたいことをに向けて「自分磨き」に精を出している。

「自営業をずっとしたくて。何をしたいかって考えたときに一番しっくりきたのがヴィーガン飲食店だった」。

食を通して大好きな人と人を繋ぐ場所づくりをしたいーー。そして、そこは様々な食生活が尊重されている環境が用意されている。ぼんやりと考えていた将来が形になった瞬間だった。

「10年後にオープンできればって思っていたけど、5年後でも今すぐにでもやりたい。ヴィーガンや他の食生活が”当たり前“の選択肢として社会にあることを目指していきたいから」。

その一歩として2019年2月には大阪で初めての一日店長になった。

「大好きな生産者さんが作った美味しい食材を大好きな人たちに食べてもらって最高の1日。野菜嫌いもお肉大好きな人も宗教が違う人も気を使わずに”美味しい”と同じ空間で同じ食事を取る。やっぱり、それが一番したいことだなあ」。

新鮮な野菜を使ったフルコース。メニュー考案者はもちろん、中村さんだ。
最後にみんなで記念撮影。帰り際には「ヴィーガンってもっと特別なものだと思っていたけど普段と変わらないね!」と声をかけられ、「堅苦しいイメージを少しでも払しょくできたんじゃないかな」と中村さん。自分の特別な仲間が繋がったのもうれしかった。

これからの活動について「せっかく日本ヴィーガンコミュニティにも加入したので、色々なベジ関係の人たちと会いまくりたい(笑)」。人それぞれの考え方、生き方を学びたい。きっとそれは人を、会話を大切にする「ヴィーガンレストラン」に繋がるからだ。

★中村あかり(なかむら・あかり)

1998年4月生まれで、生まれも育ちも神戸という生粋の神戸っ子。毎朝の日課は武道家の父親の道場や自宅で行う神前事や周辺地域でのゴミ拾いなど。バイトは、ユニクロ、歯科助手、洋食屋、和食屋、ラウンジ、スナックの6つを掛け持ちしている。2018年の夏には母親の長年の夢、インド旅行に一緒に行った。家族一同が集まる機会も増えており「家族団欒の時間が何より幸せ」と語る。今年の9月からは”バックパッカー”として世界旅行にも出かける。

Twitter:@akakurori_n


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Mana Kamiya

理事特定非営利活動法人 日本ヴィーガンコミュニティ
『ひつじの。』編集長。地元新聞社の記者になったのち、オーストラリア・メルボルンに移住。現地の日本語フリーペーパ誌でフリーランスライターをしながら、レストランやカフェのアルバイト、ツアーガイドなどを経験。2018年夏に日本に帰国したのち2018年10月より再び新聞社で働き始める傍ら「多様性のある社会」の実現を目指し、いろいろなことに挑戦中。趣味はクライミング。